苦しいとき

2008年3月2日
 どれだけ笑っていられるか?それが大事。本当に苦しいときに人としての器の大きさが分かるときはない。金持ちがどれだけ寄付をしようともえらくはない。生活が苦しいのに食べるお金もないのに、なけなしのお金を寄付する寛大さ。現実に生活を切り詰め、多額な寄付をした方がいたがそれはすばらしいと思う。それと同じように、心に余裕があるときに人に優しくするのは当たり前。じゃあ余裕がなくなったときにも同じことができますか?たいていはできない。誰でも自分が一番かわいいから。
 そんな人の行動を見て、偽り(の優しさ)だと感じる時があるのと同時に、余裕がある人が困った人を助ければいいのだと思う自分がいる。でもきっと前者が善なのだろう。後者の考えを持っている人が多いのがこの世の現実。自分にも余裕があれば手を差し伸べることができた。自分のことで精一杯だった。そんな言い訳に似た声で溢れている。
 あなたは餓死寸前の時に見つけたりんごを他の人に譲ることができますか?

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